ネガうま整体師の経歴

私は25歳まで一度も正社員にはならず、派遣社員をメインにフリーター生活を送っていました。


 ①携帯電話販売員(1年)
  ↓
 ②某研究機関の検査員(1年6か月)
  ↓ 
 ③日雇い派遣(2か月)
  ↓
 ④某専門商社(2週間)
  ↓
 ⑤整体サロン(6年)
  ↓
 ⑥独立

無計画な転職活動の悲劇

前回の記事にも書きましたが、

私は社会人1年目の①携帯電話販売員だった頃、

仕事のストレスで身体を壊してしまっています。

その回復期間中は、体に負荷の大きいサービス業は全くできず、
負荷の小さい②のルーチンワークで働きながら充電・養生をしていました。

体力が戻り始め、

「ルーチンって楽だけど、やっぱり一生の仕事にはできないな」

と感じた時点で退職し、転職活動をしながら③日雇い派遣で食いつなぐ生活を開始。

これが、マジで辛かった(笑)

足りない生活費をカードキャッシングでリボ払いという、典型的な転落生活(笑)

「常に家賃や生活費を心配するストレス」がこれほど辛いものなのかと痛感しました。

そんな生活に限界を感じ、次第に「早く正社員になりたい」と焦りを感じ始めます。

「焦り」による進路選択の大失敗

しかしその焦りによって、

「自分はどんな仕事をしたいのか?」
「現状の自分にどんな職場が向いているか?向いていないか?」

という、現実的な判断が一切できなくなっていたのです。

結果、登録していた転職エージェントに勧められるがままに、
少人数の専門商社に正社員として入社することになりました。 

これがもう、大失敗(笑)

ADHD気味な私は、マルチタスクが大の苦手。

にも関わらず、新人でも一人で複数の案件を受け持つ現場でした。
当然、頭の回転が全く追いつかず、ミスを連発。

しかも、隣のデスクには女性社長がおり、
その社長は営業部長&お局という、大変厄介な状況。


会社のトップに常に見張られているというプレッシャーと、
指示されたことすら出来ない脳内フリーズ状態が続いてしまい、

「君、本当に向いてないから辞めた方がいい」

と言われ、わずか2週間の勤務でクビに。

クビを言い渡されたその日のうちに退職届を書かされ、
大手町駅の地下道をトボトボと歩いた帰り道の光景は、今でも忘れられません(笑)

それでも、何とか生きてます

クビになったとはいえ、生活が不安定な状況には変わりがありませんでした。

しかし、何も考えずに転職エージェントに言われるままに進路選択した自分も悪い。

そのため、転職エージェントに頼らない転職活動を再開


結果的に、その次に正社員として勤めた整体サロンを運営する会社が、

社会人になって一番長く勤め上げる会社(6年)となりました。

本当に、「人」に恵まれたいい会社だったと思います。


(この時にどのように活動していたかは、後日また記事にしたいと思います)

正直、私の経歴は決して順風満帆とは言えませんし、

人より大きく秀でている才能があるわけでもありません。

でもまあ、死なずに生きてます(笑)

少なくとも、自分は何も特別な才能をもった人間でも、
強い人間でもないということだけはお伝えしたかったです。

そして、自分がネガティブであることを否定せず受け止められているのは、

その方が生きやすいと実感でき、
その方が結果を出しやすいと実感できたから

です。

今後もウソップばりのネガティブを目指して精進します!

SOH

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